やあ。わたしはSomme、あなたの親身なレポーター。今回は日本人の生活を体験してみたくて日本で一ヶ月ひとりで生活することになったから、いろんな発見を記録していくよ。
07/18
記録開始。
19:19: 山手線の人口密度は割と平均的に分布していると思う。平均して3~4個の手すりごとに一人。サンプルあんまとってないし統計学的な事実ではないけども。19:34: 日本のスーパーって、なんで野菜売り場でいつも出汁の匂いがするの?- とりあえず今手持ちのものが多いからから音声入力使うね。卵6個、豆腐、なめこ、わかめと小松菜に豆苗、もやし、洗剤、たわし、化粧水、コットン、牛乳、キューピーとおつゆと梅おにぎりと水菜と油揚げとこんぶだし、お惣菜としてマカロニとほうれん草の胡麻和え。4291円。
- 総合的に条件が近い台湾より~30%安い気がする(両替レートも含め)。
07/19
09:14: コンタクト持ってくるの忘れた。買いたいけど、ハードしか使ってなかったから使い捨てのソフトタイプは無理かな。眼科検査は自費負担となるからコンタクト自体なし。12:47: Zoff で調光レンズのメガネ作った。私は丸メガネが好きだけど、多くの丸メガネは顔が大きく見えるから自分に似合わないだろうと思ってた。しかし Zoff の“中顔面短縮みえメガネ“の丸メガネタイプは割としっかり考えられてて、丸フレームの問題が程よく解決されてた(顔の幅ちょうどにメガネの縁が来るところとか、メガネの下の方が頬の膨らんでるところちょうどカバーするとか)。買った。- Zoff っていう名前の語呂がいい。ぞふぞふする。
15:06: 周りの服屋を一軒ずつ回った後、ユニクロ原宿店に好奇心で入ってみた。恥ずかしながら私はユニクロに一度しか入ったことがない。- 他の店と同じく、更衣室の試着件数によりナンバーカードを割り当てられる(結構厳格に執行されている)。万引き対策だろうか。何かしら統計を取るに絶好の材料でもありそう。試着品のキャンセル率と消費金額の関連、とかね。
17:00: 西友のお惣菜コーナーにて、カツ丼が元273円で、値下げ235円なのを観察した。換算すると45NTDほど…どうやって?(純粋な疑問)- ふと思ったんだけど、日本社会の根底として「自己犠牲の相互要求」があると思う。会社員は過労死するほど過酷に働くからこそ、やっと得られた休暇でホテルや温泉にいたりつくせりのサービスを要求し、与えられないと強く反発する。俺はこんなに頑張ってるんだからお前らも俺のサービスに全力を尽くせ。235円のカツ丼を売ってやるんだから、お前らの企業も社会努力を尽くせ。etc etc. type shit.
17:32セルフレジを使ってみる。バーコードスキャンの速さには自信がある。割と感度のいいスキャナーだ。21:54: 体力がいいので岩淵水門にいく。- 日本人は麻辣燙が好きなんだね。漢字は麻辣「湯」らしいけど。
- 地下鉄南北線のフロアに、座っている人の足のようなパターンが出来てた. 清潔の不届なのか、材質の問題かあまり見当がつかない。おそらく後者だと思う。fig.1 を見よ。
- 他の車両にも歩いて確認したけど、2-7番車はウッドデッキで同じような現象は見受けられなかった。
23:00: 水門に着く。- 川の中洲の巨大な施設、とても好き。日本の無骨な建築物、特にインフラ関連は清潔さと古さと機能性が合わさって美しい。変電所・駅・車両庫・発電所や水利施設など。
- 近くで見るとかなり大きい。頂部にある四つの観察室がとてもいい。シド・ミードのデザインブックだったか、人類は「頭部」を構造から感じとりやすい傾向があるらしく、まさに四つの観察室はコンクリートを意図や知性を持った存在であるよう主張しているみたいだ。こういった建築がBLAME!などの日本SFの形成に深く関わっているなどと考える。
- 暗くて写真は撮れなかった。こういうのは自分から現場に行かないと体験できないものだしいっか。

07/20
- 今日はあまり体力がなくて、朝よわよわでご飯作った後服干すだけで四時になった。せめてどこかへ行かなくては、と思って池袋に。
- 駅前を歩いて考えたのだが、東京(全日本に見られる現象の可能性もある)は「町」の単位が駅を中心に形成されていると思う。実際 1)「駅前」という文化があり、駅の近いところに大衆レストランやスーパーなど利用者数が多いテナントが集まっていて、オフィスも多く経済活動も活発=流動人数が多い 2) 駅は一種の交通ハブとして機能していて、例えばバス停は必ず駅に存在する.
- その点台北は興味深い反例で、例えば台北の市区設計・建設は1900年前の後藤新平統治時代ですでにだいぶ定まっていた(国民党撤退は一部の大規模入居と建設ラッシューー大安森林公園旧所在地における不法住民コミュニティの再定住ーーなどを確かに形成したが、街区設計とは関係ない)が、台北MRTシステムの建設・開業は1996年からである。
- 1)現にスーパーマーケットの分布を見てみよう。今歩いてるので Google Map を出すのはめんどくさいから画面の前のあなたに少し調べてほしいんだけど(というか、それほど明瞭な事実)、台北におけるスーパーマケットのは大部分が住宅群(“社區“)に併設されている。MRTの駅と有為的な関係はないはず。
- 2)バスシステムを見てみると、かなり多くのバスの始発ポイントがMRTの駅とは無関係であるのがわかる。もっとも、台北駅など特例はあるが、それは元々台北駅がMRT以外の鉄道も含む交通の枢軸であるから。例をあげると、台北で活動しているバス会社のうち少なくとも欣欣客運、指南客運、新店客運所属のほぼ全てのバスは始発ポイントがMRTステーションの隣にはない。(
upd 00:19これの調査に十分ぐらいかけた。アホか。)
- まあこれはすでに研究し尽くされていると思う。エコノミクスには明るくないのだ。
- その点台北は興味深い反例で、例えば台北の市区設計・建設は1900年前の後藤新平統治時代ですでにだいぶ定まっていた(国民党撤退は一部の大規模入居と建設ラッシューー大安森林公園旧所在地における不法住民コミュニティの再定住ーーなどを確かに形成したが、街区設計とは関係ない)が、台北MRTシステムの建設・開業は1996年からである。
- 本を買った〜〜〜もちろん池袋といったらジュンク堂でしょう。本の写真を出しては文人ぶる行動はしたくないから直接いうと、代替医療解剖 (新潮文庫)と裏世界ピクニック(1)を買った。
- 前者は私の大好きな翻訳者である青木薫氏が担当したもので、こういう「科学的な」な解説書が大好きなのである。
- 後者は、昨日の巨大施設に影響されてこういうの面白そうって思っただけ。実際ライトノベルは有川浩氏の3部作の他に読んだことがなかったから(面白半分買ったことはあるが、つまらなさすぎて読み続けられなかった。有川浩氏の作品は結構好き)、今少しワクワクしている。哲学書ばかり読んでもつまらないし。A light novel that doesn’t suck を探すのは難しい。suckless ノベル。
- 踏切の線路の向こう、家屋の間にはさむ夕日が綺麗。こういうのはclichéだと考えてたけど、実際にみると知らない間に涙が出てくる。同時に、ああ私は日本人になれないんだなと謎の感傷も湧いてきた。まあどうでもいいんだけど。よくない。本当に涙が出てきた。
07/23
07/24
- どこから書き始めればいいかわからないけど、とりあえずわたしは生きていくことにした。
- ここ数日日記が書けなかったのは、精神疾患が悪化して自殺を企図していたからです。自分でも気づいていませんでしたが、だんだんと思考の枷が外れていって、自分の体が感じられなくなりました。手で何かを強く握っても、他人の映像を見ているように脳に届きません。冷静になってる時では、身元を整理して屋上へ行って飛び降りることだけ考えていました。今は大丈夫です。
- 記録のために一応タイムラインを書きます。
- 07/21はとても暑かった。昼過ぎに奥多摩へ行きたいと中央線に乗ったところ、熱中症なのかわからないけど吐き気が酷かったので国立駅で下車した。ロージナ茶房でしばし休んだ。11年前に来たことがあるが、ザイカレーの味は記憶の中と一緒だったと思う。嬉しい。あと店員の女の子が超友達似で一瞬戸惑った。
- 一橋大学を散策して勢いで国分寺駅までで歩いた。沿線の風景に赤色の夕焼けが染み込まれている。風邪のとき見る窓の外、みたいな雰囲気。
- 07/22 は記録がない。親との定例電話の前に吐いてしまったことと、無心で洗濯物干して、吐かないように味が薄いうどんを作ったら、箸を喉に入れて全部吐いたことだけ覚えてる。遺書に書き残し、ループホールがないか再チェックしたなど。
- 07/23 は泣いてた。夜中にベッドから転げ落ちて、ごめんなさい、ごめんなさいって謝りながら頭を金属のポールで打撃したりしてたけど、痛さはあるが実感がなくてとても怖かった。この時点であ、私はおかしくなったんだという自覚ができた。とりあえず半日中動けなくて脱水で朦朧としていたので、蛇口まで這いずって水を飲んでそこで昏睡して起きたら夜になっていた。意識混濁は改善されたので、一気に大量の水を飲んで歯を磨いてベッドに倒れ込んだ。
- 07/24 は奥多摩にある御嶽山へいった。家から出ないとまずいと思ったから。
- 雨雲が奥多摩の山々を貫いて、神々しい霧に金色の日が差し込んだ中で登山した。文字にしてしまうと弱まってしまう感じがするけど、湿った土を握ったり、土砂降りの中進んでいくうちに身体の感覚が戻ってきた気がする。雷雲がすごい速さで下の深緑を白に染める。昨日の出来事が夢みたいだったが(実際なんで体力あるのか自分でも疑問。そういうタイプなんだろう)なんとか山頂についた。
- 着いた神社で「もう少し生きさせてください」ってとりあえず祈った。効果があるかどうかは私が神託を信じないのでわからないが、下山した際、トートバッグに入れてたパスポートと文庫本が全く濡れていなかったのを見て、割と真面目に感謝した。変えのTシャツと下着も大丈夫だった。神様のおかげかも。
- できるだけ生きないと。何はともあれ、このサイトへ来てくれる人は私の遺書を見に来たわけではないだろうから。
07/25
20:03: 東京国立現代美術館、楽しかった。大好きな川瀬巴水氏の作品があって嬉しい。あと、建築自体の美学がとても素晴らしい。白い壁面にシンプルなライトウェイトの黒文字、素晴らしかった。
- 「日付アート」という作品シリーズが好き。
20:48: 地下鉄三田線の乗車ゲートには五つ(六つ?)のオレンジのライトが列車がホームに入るたびに順次点灯している。23:16: こんな時間でも仕事してて奴隷って感じ。日本のマックフィレオはだいぶ塩味が強くて、わたし好みの感じではなかったけど、ポテトとフロートコーラは美味しかった。てか台湾のマックにフロートコーラないのおかしい!明らかに看板メニューじゃん。- 深夜マックで仕事するとか、「エモ」じゃん笑笑笑 なに?
- 頭の中のXユーザーがこんなこと言ってる。黙ればいいのに。
- 深夜マックで仕事するとか、「エモ」じゃん笑笑笑 なに?
07/26
- 今日は無理です。ごめんなさい。
07/27
- 日本における外国人労働者についての議論が多いようで、私も日本での生きづらさとか息苦しさについて考えようと努めてみたが、そういう構造は職場または地域の生活文化圏にこそ現れて、私のような短期観光ではわからないだろうな〜。一応日本に住んだことがあるけど。
- ちいかわの映画をTOHOシネマズ見に行った。それまでに全く興味がなかったので前提知識は友達からの熱心な推薦だけだったが、私が勝手に想像した感じと違っていた。少年漫画的な熱血討敵と少しのビターエンド要素と人間・社会風刺をちいかわのテーマの「適当さ」で薄めた感じ。民話・神話のような因果応報の価値観が色濃く混ぜられている。
- 島民たちが結構「ちいさくてかわいい」を体現していると思う。あとリーダー格(討伐のヒーローみたいな?名前調べるのめんどい)もちいさくてかわいいなりに頑張っていてとてもかわいい。
- 特定のアーキタイプや風潮に対する風刺は圧巻で、他人の物を自分のように扱う傲慢で強欲なキャラ(モモンガ、という名前だそうで)がうそ泣きした際の描写はリアルでキツ過ぎて笑いそうになった。途中まで当事者気分で積極的に参入したちいかわ一行だったが、労働という日常にそそくさと戻ったのも皮肉っぽいと思う。
- コップホルダーに固定できるサイドプレートは結構良かった。でもポップコーンを半分ほど食べた後本当に吐きそうになったので、わたしはもう普通の人の生活はダメなのかもしれない。ちなみにシネマを出てすぐトイレで吐いた。ごめんなさい。
07/28
- 今日は仕事が多く、昼午後は数学を書いたりなどして過ごしていた。
- 夜に東京駅あたり(KITTEなど)を散策する予定だったが、私お気に入りのem-planのブックカバーを探しにまず丸善に入って見たら、そのまま6時から9時まで回ってKITTEに行く時間が無くなっちゃった…
- 東京駅八重洲口から北にかけての高架下に結構多くの居酒屋などの店が分布されている。
08/12
わたしは日記を書くのが嫌いだ。それが意味のない文章だと感じるからでもあるし、自分の生活の記録を見ていると簡単に鬱になる。日記を見ることほど生活の無意味さを感じる機会は他にない。前夜残した皿を洗う、洗濯物をドラムに入れて洗って、干す。小松菜を茹でる。その合間合間でこぼれた時間、例えば壊れた自律神経で起き上がれない身体をベッドから転がし落ちる時、洗濯機待ち、片手でスマホを持ち硬くて寒い床で寝転がってる時(血圧が驚くほど低いので、決まって吐き気がする)、次来るかもしれない吐き気にトイレで怯えてる時は決まって記録する気力がない。日記には、普通の生活を普通の数倍の時間を費やして過ごしたような文章だけが読み取れて、とても泣きそうになる。
この生活でさえ、学校や家で長く苦しんだ末で得られた幻のような期間で、もうすぐ終わることが近づいているということも、読み返すたびに虚しくなる理由の一つかもしれない(承認欲求を満たすために、私の人生について書いてみたいと考えたこともあったが、ただ鬱になりそうだったのでやめた)。大学のオリエンテーションは8/17にあって、その前に帰らなければならないから。
ということで、言い出しっぺの企画をほったらかしにした。許してほしいとは言えない(こういった句形はとても嫌い)。どちらかというと謝るべきなのは自分だから、許しを乞うのは偽善。それに、他人に見せる文章はどうしても気持ち悪くなる。
いずれにせよ、私たちは仙台にいる。わたしたちというのは、バカで呑気な友人二人のこと。そのうち一人はわたしがスマホを取りして写真を取ると、自身も同じようにスマホを取り出し、同じ風景を撮影せずにはいられない大型犬みたいな人で、もう一人は日本語があまり読めないにもかかわらず、わたしが見かねて貸した「わたしたちが光の速さで進めないなら」を懸命に読んでいる。
乗っていた東北本線は福島ー郡山区間で停電により遅延したが、むしろかえってよかったかもしれない。青い、というかむしろ紫色に近い台風の曇り空の中、ホームでただカラスがかー、かー、となく音が聞こえた。犬(友人)は座席で布のようにくるまって寝ていて、もう一人(Yちゃんとしよう)はお腹がすいたと申し訳なさそうに言っている。全てが何かしらの夢みたいだった。異常に伸びたホーム、誰もいない車内が子供の時に通った病院の廊下のように懐かしい。
コルタサル短編集を読んでいた。ボルヘスは嗜んでいなかったので、なぜこんな本を買ったのかは自分でもわからなかったが、想像していたのと違って、とても読みやすく優しい文章だった。「南部高速道路」は今置かれている状況にピッタリだなと思って読んでいて、最後のページをめくった時は少し涙がにじんだ。
車は今八十キロで、少しずつ明るさを増していく光に向かって直走っている。なぜこんなに飛ばさなければならないのか、なぜこんな夜更けに他人のことにまったく無関心な、見知らぬ車に取り囲まれて走らなければならないか、その理由は誰にもわからなかったが、人々は前方を、ひたすら前方を見つめて走り続けた。
いずれにしろ作者の意図した形ではなかっただろうが、わたしは勇気を分けてもらったような感じがする。慣れてしまった生活が変化してしまうことは誰にとっても受け入れられないことで、わたしだけじゃないのだと。あの場所へ帰ることが、想像しているほど恐ろしくないこと。それを知っておくことは大きな助けになった。少なくとも旅館についてお風呂に入ったら少しは具合がよくなり、仕事の連絡も見れるようになった。
それで、今日(8/12)は仙台城に行き、魯迅碑を見た。普通にアツいイベントだった(三人とも魯迅の作品が好きだったの)。三人ではしゃいで魯迅の胸像の写真をたくさん撮った。ここにて見てほしい。
数週間前にわたしは「このサイトへ来てくれる人は、わたしの遺書を見に来たわけだろうから」と書いた。この物言いには後悔しているが、メールを送って支えてくれた方たちに感謝したいです。いずれにせよこの小さなサイトーー二次創作サイトでも、技術ブログでもなく、わたしの文章を置いているだけの小さな空間に、訪れて感想を持ってくれる人がいるのは嬉しいです。そして、よければこれからもっと感想を送ってください。