わたしが2024年ころに書いた短篇たちです。
海
「海だ!」
わたしは精一杯叫んだ。疲れ切った体をなんとか研究棟の出口に運んだのが嘘のように思えた。
目に入ったのは、灯火のきらめく夜の海だった。それはまぎれもなく海であった。激しく起伏する波、吹き荒ぶ風に揺れる雨の束は、どの写真の海よりも写実的だった。
足元に波が届いた。波は風につられて階段に打ちつき、また消えていった。わたしは地学のテキストを思い出す。
「どのような力でも、海面に波を起こすことができる。そのうち、風によるものは特に「風浪」とよばれており…」
海だな、とわたしは不思議にそう確信した。この世界は海に帰ったんだ。
わたしは目を細める。遠いところに他の建物が見えたーしかし、それはあまりにも遠かった。まるで海の向こう側にあるように、窓から漏れだす光が点になっていた。わたしはその点がぼやけていることに気づいた。これは目に入った雨のせいなのか、涙のせいなのはわからなかった。それはあまりにも美しく、また無限に悲しかった。深い海に沈み込むとき、最後に見る日の光のように。
人影が海面に漂っていた。まるで行き場をなくした海鳥のようで、海流にただ運ばれた回遊魚のようでもある。それらは水面の起伏にただしたがっている存在だった。シルエットが上下する波に運ばれてゆく。瞬くうちに、それらは現れ、また消えていく。
そこにはなにか意味たるものはあるのだろうか?生命は一過性だが、影は被写物が存在する限り永遠だ。波に浮かぶ影は、もしかしたら宿主の自分よりも真かもしれない。無意味こそ最大の意味を潜在していると思いつく。ちょうど、嵐の海のように。
冷たいしずくが顔にあたり、わたしははっと意識を取り戻す。家に帰らないといけない。しかしわたしは、この海を泳いでいこうとは思えなかった。ただただこの大洋の一員となりたかった。沈むことはどれほど美しいのだろうーわたしは手足があることを憎んだ。水より軽い自分の体を憎んだ。動物たちが陸に上がって何億年、わたしたちは帰る場所さえも失ったのだ。
靴は水に浸かっていた。しかしわたしには、潮が悲しげに引いていくのがわかる。何億年の間、彼女はわたしたちの名を呼び続けていた。しかしわたしたちは自らの美しいヒレを食いちぎり、もう二度と母の美しい体のなかで自由に動くことはない。
わたしは海に行かないでと呼びかけたかった。しかし海には耳がなかった。
永生花
イスタンブールの旅館の正面で、小さな赤い花を植えたとある花瓶をみた。古風な中国製の物だ。いわゆる青花瓷だろうか?そう思っていると、下の小さな説明用の木製のカードに気がついた。拾い上げると、こんなことが書いてある。
「この花は、勞山で採られた永生花である。永生花は非常に長寿な花で、伝説によれば世界が終わった後も生き続ける」
なるほど、と私は妙に納得した。通りで花瓶も花も古臭く見えたものだ。
私は手を伸ばし、その冷たい陶器の表面に触れた。ひんやりとした感触はあったものの、同時に微かな振動が指先に伝わってくる。
その瞬間、赤い花が一枚の花びらをそっと落とした。その花びらは宙をゆっくりと漂い、最終的には私の足元に静かに着地した。私はかがんでそれをつまみ上げた。驚いたことに、その花びらはまるで薄い金属のように硬く、しかし恐ろしいほど軽かった。微細な東洋の文字が刻まれているように見える。だが、あまりにも小さすぎて、私の目では読み取ることができない。
目を凝らして花びらを見ていると、縁が微妙に広がり、その内側からかすかな囁きが聞こえてきた。言語的な発声というよりも、風が枝を揺らす音、あるいは遠のく川のせせらぎのような、無意味ながらも意味を帯びた響きだった。
私はもう一度、花瓶全体を見上げた。今度は、その青い模様の中に、これまで気づかなかった奇妙な形が浮かび上がっているのに気づいた。それは人間の顔のようでもあり、動物のようでもあり、同時にどちらでもない。形容しがたい何かの輪郭。そしてその形は、私が目を凝らすほどに、私を見つめているかのように鮮明になっていった。
私は花瓶から目を離せなくなった。それは単なる置物ではなく、生きている何か、あるいは生き続けている何かだと確信したのだ。花瓶はその奇妙な紋様を変え続け、ついにはある名状しがたい顔が浮かんだ。
花瓶の表面に浮かび上がった顔は、私が見つめるほどに歪み、水面に映る光学的な像が水波で崩れるように、その形を不定に変え始めた。目があった瞬間、それは歪な口を開き、私自身の声で私の名前を呼んだ。そして、また形を変え、こういった。
「お前は誰だ?」
その問いは私の頭の中で響き渡った。しかしその声は私の知っている私の声よりも遥かに古く、疲れていた。花瓶の模様はさらに理解不能になり、無限に続く迷宮のように絡み合い、変化し、無数の記憶の影を赤砂岩でできたタイルに落とした。
私は花瓶に引き寄せられるように、一歩、また一歩と近づいた。青花瓷の表面は、今や冷たくはなく、熱を帯びているように感じられた。花に触れようと手を伸ばしたその瞬間、永生花の口から無数の赤い花びらが噴水のように噴き出した。それらは宙を舞い、私の周りを旋回し、ノウスフィアの薄いベールを突き破り、クオリアの隙間から入り込んできた。 埋もれゆく花びらを振り払おうとしたが、それらはまるで私の一部であるように私を通り抜け、またたく間に私のすべてを吞み込んだ。
気がつくと、私はまだ花の前に立っていた。しかし私が立っていたのはもはやイスタンブールの旅館の正面ではなかった。空は深い貝紫色に染まり、遠くにはいくつもの巨大な花びらが太古の巨人のようにそびえ立っていた。さらに向こうには、私のものである巨大な眼が赤色の霧に滲んでいた。そして、私の足元には、私が手にしているのと同じ一枚の赤い花びらが横たわっていた。
花びらの表面には、私の人生の全ての記憶、私が経験したこと、私が夢見たこと、全てが極めて微細な文字として刻まれていた。私はその花びらの上に立ち尽くし、自分が、あるいは自分が世界と呼んでいたものの実存は、いつの間にこの花と完全に同一になったことを、もはや無意味となった思考を通じて理解した。
ああ、とわたしは、思わずつぶやいた。
永生花とは、私自身のことだったのだ。
リアプノフのコンチェルト
リャプノフのコンチェルト、と私は心の中で繰り返した。それは、つい数分前まで私が座っていた旅客機の機内オーディオで流れていた曲のタイトルだった。だが、今、私は旅客機の中にはいない。
私は空中にいた。文字通り、何も存在しない、底なしの真っ黒い虚空の中に。
数分前まで搭乗していた機体は跡形もなく消え去った。何の前兆も、警告もなく、ただ突然に。革座席の背もたれの感触も、隣の乗客のわずかな体温も、油圧システムのほのかな作動音も、すべてが一瞬のうちに消え失せた。まるで世界が私以外のすべてを、実存そのものから切り離したかのように。
初めは、今の状況が信じられなかった。これは夢か、それとも一種の幻覚か。しかし、頬を撫でる冷たい気圧の流れと、肺が空気を求めて不合理なほどに収縮する感覚が、それが紛れもない現実であることを突きつけた。私は落下しているのだろうか?だが、落下しているという感覚はない。私はただ、その場に“存在”している。上下も、左右も、空間に意味などなかった。凍え張りつめられた五感だけがトポロジーを支えていた。
凍えるような寒さから逃れるため、意識を無理やり集中させると、奇妙なことに、微かな音楽が聞こえてきた。リャプノフのコンチェルト、静かなピアノの一節。どうやら耳元のすぐそばで奏でられているらしい。しかし、音源はどこにも見当たらない。それは私の認知の内側から響いているのか、それともこの広大な空そのものが奏でる、私だけに聞こえる不協和音なのか。それ自体には何の意味もないように思えたので、私は別のことに注意を向けようと考えた。
しばらくたって、私は自身が空中でゆっくりと回転していることに気づいた。しかし、それは私の自由意志によるものではない。見えない巨大な手が私を操っているらしい。何とか振り切ろうとしていると、視界の端に、かつて数分前に機体があったであろう場所に、微かな、しかし確かに輝く光の点が現れた。まるで遠い星のようであったが、私に近づいてきているのは確実だった。光の点は次第に大きくなり、その輪郭がはっきりとしてくる。それは飛行機の窓だった。私の座っていた真横の、あの窓。
窓は、空中に宙づりになっていた。まるでそこだけが切り取られた空間であるかのように。中には見慣れた機内の光景が広がっていた。座席、通路、頭上の荷物入れ。そして、私の隣に座っていた乗客が、何事もなかったかのように、小綺麗なタブレットで電子書籍を読んでいる。私はその窓に向かって手を伸ばした。触れることができる、そう確信した。
しかし、私の手は窓をすり抜けた。すり抜けたというより、私の手と窓はまるでお互いを映す鏡のように、干渉もせず、姿形も変化せず、そのまま窓の向こうの虚無を手のひら一杯につかんだ。窓の中の乗客は、相変わらず無表情でタブレット上のテキストを、知識人という概念を象徴するような表情で読んでいる。彼は、私がそこにいることに気づいていないーあるいは、彼にとって私は最初から存在していなかったのかもしれない。そしてそれは彼にとっても、私にとっても、もはや重要なことではないのだろう。
リャプノフのコンチェルトの旋律が、より一層鮮明になった。今度は、オーケストラの壮大な響きも加わり、まるで私を取り巻く空気が、その音色に合わせて振動しているかのようだった。私は再び窓に触れようと試みたが、やはり手は空を切った。回転がゆっくりと止まり始めた。激しい旋律はやがて沈静化し、再び静かなピアノのソロパートに戻った。
窓の向こうの光景が、ゆっくりと遠ざかっていく。そして、私の意識もまた、その光景と共に遠のいていくような感覚に襲われた。私は自分が、この無限の空のどこかに、リャプノフのコンチェルトの最後の音が消えるまで、ただ浮遊し続けることを何となく理解した。空中で無為に手足をじたばたさせた私の姿は、まさに情熱的な指揮者そのものであっただろう。地上の観客のためにアンコールをしようとも考えたが、指揮棒が必要だということに気が付き、代わりに使えるものはないかと周りを見回した。
すると、先ほどは姿が見えなかった巨大な手がついに正体を現し、わたしを親指、中指と人差し指ではさみ、旋律に合わせて軽快に振り回しているのがわかった。私は恐怖と奇妙な高揚感に襲われたが、その一瞬の感情もまた、再び盛り上がったリャプノフのコンチェルトにかき消されたのであった。