三日目の出勤です。わたしは午前四時に建設現場のゲートに到着します。生体認証端末の前に立ち、旧式のスマートフォンを取り出してスキャンします。他の労働者たちは素通りしていきます。彼らの頭部に埋め込まれたチップが自動的に認証を済ませるからです。端末が緑色に光り、ゲートが開きます。わたしは服のポケットにスマートフォンを戻し、中に入ります。
ゲートの向こうには、取り壊された東北の小さな村の跡地が広がっています。基礎だけが残った家屋、折れた電柱、誰かが植えたであろう柿の木が一本、立っています。その奥に、建設中のデータセンターの巨大な骨組みが見えます。白色のコンクリートと、銀色の足場が、航空障害灯の暗い赤色に浮かび上がりました。わたしの隣を、裸体の労働者が三人通り過ぎていきました。彼らの肌は朝の冷気に晒されていますが、誰も寒そうにはしていません。
地上プラットフォームに着くと、同僚の一人がわたしに声をかけます。
「今日は上層の配線作業だって。ラックの増設があるらしい」。彼は裸体で、腰に工具ベルトだけを巻いています。性器と手先には、黒の除菌ラバーが張り付いています。わたしは目を逸らしながら頷きます。スマートフォンに作業指示が届いていることを確認します。画面には「CR7 区画 C、サーバーラック増設支援」と表示されていました。「ブレインインターフェースが接続されていません。一部のナビゲーション機能は制限されます」
周囲では重機が動いており、遠くで杭打ち機の規則的な音が響いています。気温が上がってきて、わたしは灰色の作業着の襟をを少し緩めます。布地が肌に張り付き、すでに塩っぱい汗が滲んでいます。別の労働者が「昨日の PUE、また基準オーバーしてたよ。冷却システムどうなってんだろうね」と言いながら通り過ぎます。彼女の体温調節モジュールのインジケーターが点灯します。素っ裸の身体には汗の跡ひとつありません。
プラットフォームの端に、階段があります。上層へ続く階段です。わたしはそこへ向かって歩き始めます。
階段を上がります。金属製の階段で、一段ごとに靴音が響きます。踊り場ですれ違った労働者が、わたしの垂れた灰色の作業服を一瞬見ます。
彼女らは何も言わず、下へ降りていきます。階段の手すりは冷たくて、わたしは手を添えながら上がり続けます。二階層目に到着すると、視界が開けます。眼下に取り壊された村の全景が見えます。屋根のない家々、舗装が剥がれた一本だけの連絡道路。その向こうに、原発の冷却塔が見えます。わたしは顔を上げ、さらに階段を上がります。綿の裏地が汗を吸い、重さを増していきます。
三階層目の休憩所で、わたしは立ち止まります。自動販売機があり、全裸の労働者が二人、飲み物を買っています。機械のディスプレイには「生体認証完了。お疲れ様です」と表示されています。
わたしはスマートフォンを取り出し、QR コードをスキャンします。冷たい水のボトルが出てきます。一人の労働者が「」と言います。わたしはブレインインターフェースがないので、ミリ波通信ができません。もう一人が怪訝な目でわたしを見ます。なにか言いたげに見えましたが、完全換装者は顎の神経が取り除かれていることを知っているので、わたしからは話しかけませんでした。
わたしは水を飲み、ボトルを腰のポケットに入れます。休憩所の壁に、ポスターが貼られています。
「透明な職場は、あんしんな職場・厚生労働署」
最上階に到着すると、もう息も続かない疲れでした。汗が垂れた前髪から目に染み込みました。邪魔にならないように、ガードレール側に寄せながら少し休みました。
三つ曲がった通路の奥に、白い扉がありました。稀有品のIPSパネルらしく、確かに「CR7 区画 C」と表示されています。スマートフォンが振動し、アクセス許可の通知が届きます。わたしは中に入ります。
内部は白い壁と床で、天井には無数のセンサーが取り付けられています。サーバーラックが整然と並び、青と緑の LED が点滅しています。かすかな唸り音が聞こえます。配線資材の入った箱を持ち、指定されたラックへ向かいます。床は冷たく、靴底を通して冷気が伝わってきます。ラックの前に立ち、わたしは箱を下ろします。
わたしはラックの側面に手を触れます。筐体は冷たく、かすかに振動しています。その瞬間、天井のセンサーが赤く点滅しました。音声が流れます。女性の声で、抑揚がありません。
「規定外の私有装備規格を検出しました。労働安全衛生法第五十八条の二に基づき、当該者はただちに正規装具に換装するように」
わたしの周りにいた三人の労働者が作業を止め、わたしを見ます。彼らの表情には驚きがありません。ドアがロックされる音がしました。別の音声が続きます。「その場で脱衣してください。衣類は後ほど返却されます」。
わたしは立ち尽くしています。手が震えています。冷気のせいではありません。天井の IR カメラが、わたしを見下ろしています。
わたしは作業着のボタンに手をかけます。指先がうまく動きません。上から一つずつ、ボタンを外していきます。周囲の労働者たちは、すでに作業を再開しています。配線作業の音、キーボードを叩く音。誰もわたしを見ていません。泣きそうになりながら上着を脱ぎ、床に置きます。シャツを脱ぎます。ブラを脱ぎます。ズボンを脱ぎます。白い床の上に、わたしの服が小さな山を作っています。冷気が震える肌に触れます。
手で身体を隠したままうつむいていると、周回ロボットが脱いだ服を汚染物コンテナへと運びました。
音声が流れました。「危険物携帯の可能性なし。作業を継続してください」
わたしは配線資材の箱から除菌ラバーを取り出し、ラックの前に頭を下げて、PDU からフロア下に伸びた電源線を接続していきます。
横で作業している労働者が「トークンクォータ、今月もう半分使っちゃったんだ」と言います。「もう生きていけないよ」
わたしは返事をしません。壁の外に朝日が昇っていますが、わたしがそれを見ることはありません。